小僧ども、ピアノを弾け

アラサーの雑記ブログ  うろたえるな小僧ども

福澤諭吉について語る


2024年、1984年から守ってきた、一万千札の肖像の座をついに福沢諭吉先生が明け渡してしまう。

世はまさに渋沢栄一フィーバー。新元号「令和」とあいまって時代の移り変わりを否が応にも思い知らされる。一方、福澤諭吉先生サイドは、慶應の学生の不祥事多発に加え、権威の象徴である1万円札の肖像からおろされるなんて風前の灯火状態。

しかし、ここで今一度、福澤先生のことを振り返ろうと思い、ちくま新書「現代語訳 学問のすすめ」、ちくま新書「現代語訳 福翁自伝」幻冬舎「超現代語訳 幕末物語」を読んでみた。すると、尊いことばかり書いており、感動した。サンキュー諭吉、フォーエバー諭吉。

 

なお前回の2004年の紙幣の肖像画刷新時は、総理(小泉純一郎)、財相(塩川正十郎※塩川は発行前の03年9月に退任)ともにが慶應OBであったため免れたという都市伝説がある。

 

 

 

 

福澤諭吉先生とは

1835年〜1901年。中津藩士(大分県)著述家、啓蒙思想家、慶應義塾の創設者。ちなみに義塾とうのは英語でゆうところのパブリック・スクールを日本語にしたもので、慶應は当時の元号あわせて慶應義塾という名前になった。

福澤先生の父上・福澤百助は足軽よりはだいぶいいけど中津藩の下級士族で、先生が2歳の時に死んでしまいます。そんな大変な境遇から、知恵と気合と畜生ぶりで、1万円札の肖像画の人物となったのが福澤先生なのです。著書に「学問のすすめ」「文明之概略」「福翁自伝」などがあります。

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学問のすすめ

福澤先生の著書で最も有名なものは「学問のすすめ」です。学問のすすめは「天は人の上に人を造らず、天は人の下に人を造らず」という有名な一句から、始まります。端的にいうと、「人は生まれによる身分の上下はなく、みんな人基本的人権を持ってるから平等だよ。たけど世の中には愚かな人や賢い人、社会的身分の高い人や低い人もいるよね。そういった違いはどこから出てくるんだろうか。それは学ぶか学ばないかによってできるんだ。だから勉強しよう。身分が高かったら、くいぱっぐれるることはないし、家も裕福になれる可能性高いしいいことだらけだよ。勉強すれば人生いい方向にすすむよ」的な内容です。さすが啓蒙思想家の諭吉先生、勉強することの尊さを小学生にもわかりやすく説いてくれます。

ここでいう勉強とは実学のことをさします。実学とはつまり、普通の生活に役に立つ学問のことです。これ、かなりガバガバやんって思ったんですが、当時はソロバン・外国語・地理学などが例としてあげられ、約にたたない学問の例としては和歌を楽しむ、難しい字を知り、難しい本を読むことなどがあげられてます(もちろん和歌などは人の心を楽しませることができると譲歩しています)。つまり、諭吉先生は、実際の生活に役立つ実学をしろって言ったんですね。

もし諭吉先生が今もご存命であったら、言語、会計、法律、プログラミング、などがあが実学として認めてくれそうですね。また恋愛工学も、子孫を残すという遺伝子レベルで組み込まれた大義を果たすための実学として推奨されるに違いありません。

 

福澤先生おもしろエピソード

・神社の祠を御神体を捨てる 12・13歳頃の思春期の諭吉少年は、神社の祠をやたらありがたがってる村民たちを不思議に思い、祠を開けてしまった。中になんちゃない石(御神体)が置いておあったので捨ててしまった。代わりにそのへんに落ちてた石を拾って祠に置いた。はい、これいまやったら犯罪ですからね。インスタに炎上動画あげるけしからんアルバイトと対してやってることが変わらないですね。

 

咸臨丸で勝海舟と不仲に

時は江戸末期、日米修好通商条約の手続きのため、アメリカ・ワシントンに向かう咸臨丸に乗った福澤先生(当時25歳くらい)。そこに指揮官として乗っていたのが勝海舟でした。咸臨丸は当初は日本人だけでアメリカにたどりつく大きな野望を持っていましたが、

勝海舟「日本人だけで、太平洋横断するぞ、おらあああ!!(感動)」

司令官「日本人だけじゃ、心もとないから、ブルックさんたちアメリカ人の方たちにも乗ってもらうことにします」

ブルック「みなさん、ヨロシクおねがいシマス」

勝海舟「誰だテメエこら(怒)」

と不穏な船出となった咸臨丸。そして航海が始まってすぐ

勝海舟「ゲロゲロゲロゲロ」

勝海舟は船酔いでグッロキー状態で使い物になりません。

かたや、福澤先生はテキパキ動き、船をひっぱります。

福澤先生の目には「勝海舟、なんだコイツは……」と映ったと言われています。

こういった経緯があり、福澤先生と勝新太郎は不仲なのです。

 

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まとめ

今回、福澤諭吉のことを振り返ってわかったことは、福澤先生非常に人間味があるというかロックンロールな人物だったということです。上記の祠事件であったり、大阪時代の学友に鯛とだまして河豚を食わせたり(幸い毒にあたらなかった)と結構悪いことをしていますね。クールでスマートといった世間一般の慶應のイメージとかけ離れてるところも福澤先生の人気の一つだと確信しました。一方でとにかく勉強(実学)実学の鬼であり、決して恵まれた家柄ではなかったのに、近代日本を代表する人物となるまでになりました。人生順風満帆とは言い難いけれども役に立つ学問(実学)を学ぶことで令和の時代をサバイブしてよりよい人生としていきたいと思いました。

 

※参考 超現代語訳 幕末物語/幻冬舎 現代語訳 学問のすすめ 現代語訳 福翁自伝